【働きビト】Vol.02 毒舌“執事探偵”を生み出した人気作家・東川篤哉

 お嬢様の目は、節穴でございますか――。頭脳明晰、安楽椅子探偵にして耳を疑う毒舌を吐く執事・影山とお嬢様刑事・宝生麗子の名コンビが殺人事件に挑む『謎解きはディナーのあとで』(小学館)の劇場版が公開されるなか、原作者・東川篤哉氏が転職サイト『ORICON STYLE“Career”』のインタビューに登場。会社員から作家へ転身し、苦節15年を経て人気作家となった東川氏が語る「毒舌執事」誕生の理由とは?
 直木賞などの選考委員を務める大御所の作家でも、デビュー前は会社勤めをしながらプライベートの時間をすべて執筆に注ぎ、二足のわらじを履き続けた結果、作家として成功した人は多い。しかし東川氏がほかの作家と最も異なる点は、脱サラを決めた時点で「作家になる気は、全く無かった」という点。会社を辞めた原因に、執筆業は無関係というから驚きだ。

 「学生時代から最初の短篇がコンテストに入選するまで、1つの作品を最後まで書いたことはありませんでしたし、作家になろうなんて思ってもいませんでした。大学を出て、普通に一般企業に就職したんですけど・・・馴染めなくて(笑)。いわゆるダメ社員だったんです。だから“続けられない”と思って、会社を辞めたんです」。その後も、すぐに「作家へ」という計画はなかったという。
 「失業して時間もあるし。昔から好きだったミステリを読んでいるうちに“書けそうだな”と思ったんですよね」と言うが、過去に作品を書き上げたこともないまま転職先に“作家”を選ぶという、周囲からみれば暴挙に近いこの決断力。それでも当の本人は「とりあえず会社員時代にワープロを打てるようになったので」と、冗談交じりに笑う。

 しかし、30代の背中が見えてきたころ、世間の同世代の男性たちは結婚や昇進といったおめでたい話が飛びかうなかで、会社を辞め、10年後の自分も想像できずにひたすら家にこもって執筆を進め、完成すれば入選の保証もないまま応募。こんな毎日を何年も続けることは、並大抵の精神力では出来ないはず。「不安は不安でした。でも、僕は孤独に強いんです。ずっと一人で、1ヶ月ぐらい誰とも話さなくても平気。孤独にだけは異常に強い」と、おっとりした口調で肝の据わったエピソードを明かした。
 2002年に光文社から『密室の鍵貸します』でデビューし、出世作『謎解き〜』がシリーズ累計355万部を超えるメガヒットを記録。下は小学生から上は80代の読者まで、幅広い層に読まれている東川氏だが、多くの読者を惹きつける魅力は“ユーモアミステリ”という作風にあるといえるだろう。「デビュー作から、変わらないですね。僕自身が、ユーモア要素がないとつまらなく感じてしまうから」とこだわりをポツリと明かす。

 「ただ『謎ディ』を書くときに、初めて女性読者を意識しました。掲載誌が若い女性向けの雑誌『きらら』(小学館)だったので、女性に受け入れやすいキャラクターをと思って、以前から構想があった“執事探偵”を起用しました」。東川氏の思惑は見事に当たり、本格ミステリでありながらも、主人公たちのケレン味たっぷりな会話劇は女性読者の獲得に成功した。

 「執事という礼儀正しくて、几帳面で利口。そんな品行方正で、ただただカッコいい探偵という主人公を書き続ければ、僕が退屈してしまう。だから、真逆なことをやらせたかった」と、毒舌キャラの執事探偵・影山の誕生秘話を告白した。
 そして初の実写化となった連続ドラマでは櫻井翔(嵐)を影山役に抜てき。事件のトリックを披露する直前に令嬢・宝生麗子(北川景子)に投げつける痛烈な毒舌が、毎回の“お約束”として視聴者を楽しませてきた。しかし、この“毒舌キャラ”こそ、今は悩みの種にもなっているという。

 「ただし、影山には決めセリフが無いんですよね。毎回違った言葉で罵らなくてはならない(笑)。ですから謎解きの前に“コレ”という強いセリフを考えることは、結構苦しくなってきましたね」と、人気キャラクターに育ったからこその悩みもあるようだ。
 取材も終盤にさしかかり、改めて今後も作家として書き続けるためのモチベーションを尋ねると「うーん。もう引退したいと思うこともありますね。アハハッ」と、まさかの断筆宣言(!?)。これには周囲も騒然となったが、本人はどこ吹く風といった表情。「昔は食べるために書いていましたけど、今はそれがモチベーションにはならないでしょ。そしたら、何のために書いているのか分からないな〜」と、アタフタするスタッフをよそに飄々と語り続ける。

 「ただし、人がやってないトリックを見つけて書く喜びはあります。それは執事探偵を書く時もそうでした。モチベーションになるかどうかは分からないけど、まあ好きだってことでしょうね」とイタズラっぽく笑い、チャーミングな一面も披露してくれた。
 最後に、これから転職を考える人たちへのコメントを求めると「僕にとって、会社を辞めたことは『決断』でしたけど、作家になったことは決断じゃない。ただ、僕と同じように作家を目指そう、好きなことを仕事にしようと考える人がいるなら、食べられるようになるまで会社は辞めない方がいいですよ(笑)。ぼくは本当にたまたま、なので。軽率に会社を辞めちゃダメです!」と、自身の半生を逆手にとった影山さながらの辛口エールを口にした。
【プロフィール】
作家 東川篤哉(TOKUYA HIGASIGAWA)
1968年生まれ。広島県出身。ユーモアミステリ『謎解きはディナーのあとで』が2011年に「第8回 本屋大賞」を受賞。
映画『謎解きはディナーのあとで』

出演:櫻井 翔/北川景子/椎名桔平 他
監督:土方政人/脚本:黒岩勉/音楽:菅野祐悟
原作:東川篤哉(「謎解きはディナーのあで」小学館刊)
■公式HP:http://www.nazotoki-movie.jp/(外部リンク)
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