【働きビト】Vol.03 ピクサー/ディズニー作をヒットに導く吹替の現場! 映像翻訳・杉田朋子

 2002年に全世界で5億2536万6597ドルの大ヒットを記録(配給調べ)した『モンスターズ・インク』から11年。“怖がらせ屋”のサリーとマイクの「学生時代」を描いた、現在公開中の新作『モンスターズ・ユニバーシティ』もロングヒットを続け、興行収入70億円を突破と破竹の勢いだ。そこで転職サイト「ORICON STYLE“Career”」では、同作の日本語吹替版翻訳を手掛けてきた映像翻訳家・杉田朋子さんにインタビュー。性別、世代、国境をも越えて愛されるピクサー/ディズニー作品を、日本人の心に届ける翻訳の妙とは?
 映画館でのアルバイト経験を持つほどの映画好きだった杉田氏。就職活動の第一志望は現在勤務歴20年を越える東北新社だった。しかし、入社当時、社内では翻訳者を抱えておらず、1年目はまったく別の仕事に就いていたという。だが、翌年に「社内に翻訳室を作ろうという動きがスタートしたんです。志望者も多く選考テストなどもありましたけど、無事に創設メンバーに入ることができました」と大きな転機に恵まれ、2年目でようやく映像翻訳としての仕事がスタートした。
 映像翻訳の現場について、当時と今を比べてみると「どんどん英語がわかる方が増えてきているので、あんまり原文から離れる翻訳は出来なくなりましたね」と環境の変化を明かす。映画史に残る名作『カサブランカ』(1946年日本公開)に登場するハンフリー・ボガードの台詞「君の瞳に乾杯」は、原文では「Here’s looking’ at you, kid.」。作品のタイトルよりも有名な名台詞として多くの人に記憶されているが、今のご時世で同じ翻訳をつけることは難しいという。

 「昔の海外ドラマなどを観ていると、すごく自由だな〜って思います。全然言ってないことをどんどん言わせたり、元のキャラクターからずいぶん変貌を遂げていたり(笑)。今だと考えられないですね」と、原作に対してより忠実で正確な翻訳が求められているようだ。
 吹き替え版の翻訳では“長さが命”。その尺を計るために「同じシーンを何度も何度もしゃべったりもしますね」と、実作業についても話は及ぶ。「例えば怒鳴り合うシーンの多い作品だと、書き上げた時には喉がガラガラになっていることもあるんですよ(笑)。あとは泣きながらの台詞も難しいです。泣いた時の話すリズムは役者さんごとに全く違いますから。嗚咽が入る、言いよどむなど、間もリズムも予測できない。私自身は演技経験なんてゼロですけど、とにかく実際に喋ることで長さを計っています」。

 一方、翻訳の際に最も苦労するシーンについては「歌です」と即答。「英語は1つの音符に1つの単語が載りますけど、日本語は1音に1文字。台詞と比べてさらに日本語の入る量が少なくなります。そして音楽に合わせ、リズムよく歌詞を訳すという…もう、どうやってこの内容を盛り込もうかと(笑)。本当に悩みどころですよ」とトホホな笑いを浮かべた。

 今回の『〜ユニバーシティ』でも、前回の『〜インク』に続いて歌のシーンは登場する。しかも、『ユニバーシティ』だけあって、今回は校歌だ。「劇中の短いシーンと、別のフルバージョンの収録もあったんですけど、これがまた非常に難しくて(笑)。校歌らしい歌詞を考えつつ、でも古過ぎる言葉遣いを盛り込むことも避けたい。悩みましたね」。
 また、同作で最も印象深い場面については、湖畔でサリーとマイクが友情を確かめ合うシーンを挙げた。「いつもはマイクがおしゃべりでまくし立てる役で、対照的にサリーは口べた。でも、ここではサリーが胸に溜まったものを打ち明ける長台詞がありました。ディズニーさんとも『サリーはこんなこと言わないよね』と意見を交わしながら、何度も何度もチェックバックを重ねました」と打ち明けた。

 推理ドラマ、恋愛ものなど多ジャンルの作品を受け持つなかで、好きなジャンルは「人間ドラマ」という杉田氏。「このモンスターズでも、マイクの前向きさや健気さ、サリーと一緒に困難を乗り越える様子は人間ドラマに通じるところがって、翻訳をしながら感動しちゃうんです。台詞の掛け合いも本当に面白くて、お仕事とはいえ心から楽しませてもらっています」。
 映像翻訳家として20年以上のキャリアを持ち、『モンスターズ』シリーズをはじめ海外ドラマ『アグリー・ベティ』や『ホワイトカラー』などのヒット作を手掛け、第一線で活躍してきた杉田氏だが、もちろん壁にぶつかったこともある。

 「この仕事を始めて5年目ぐらいの時に、吹き替えの翻訳で長さを合わせることができなくなった時期がありました」と、当時を思い返す。「最初の頃は台詞を詰め込み過ぎていたみたいで、どんどん長くなっていたんです。そこで、一度“長い”と注意を受けたんですけど、そうすると今度は削っても削っても『これじゃ長い』、『まだ長い』と…自分で尺を計れなくなりました」と、徐々に負のループへとはまり込んだようだ。

 「当時はいろんな方から助言をいただきつつ、徐々に勘を取り戻していったと思うんですけど…時間は掛かったと思います。『どんなに良い台詞でも、長さが合ってなかったらダメだからね』って、もう何度も言われちゃいましたから」と、今だから笑って話せる苦く、かつ貴重な経験を話してくれた。
 最後に、同じ仕事を長く続けてこられた秘訣について尋ねると「うーん」と少し黙り込んだ後で、「落ち込むことや失敗もたくさんありましたし、大なり小なり壁も一杯ありました。でも、やっぱり『この仕事が好き』に尽きるんでしょうね」と、穏やかな表情。

 「翻訳は『言葉』を扱う仕事です。でも、時代ごとに同じ日本語でもどんどん使い方や意味が変わっていくなかで、流行すたりに流されてはいけない。でも、翻訳の中で使う、使わないは別にして、世間の流れを知っておくことはとても大切です。常にいろいろな場面で、勉強は続きます」。
【プロフィール】
杉田朋子(TOMOKO SUGITA)
(株)東北新社 外画制作事業部 翻訳室 主任。代表作は劇場吹替『モンスターズ・インク』、海外ドラマ『ホワイトカラー』『アグリー・ベティ』など多数。
映画『モンスターズ・ユニバーシティ』
【Story】サリーとマイクの、大学生時代を描いた同作。二人の出会いやクラスメイトとのケンカ、仲間たちの熱い絆を描いた青春グラフィティ。幼い頃のキュートなマイクも必見!
監督:ダン・スキャンロン/製作総指揮:ジョン・ラセター
字幕版声優:ビリー・クリスタル/ジョン・グッドマン 他
日本語吹替え版声優:田中裕二/石塚英彦 他
■公式HP:http://Disney.jp/monsters(外部リンク)
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