まずは、ネットの世界に入ったきっかけを教えてください。
新卒で入社したときは、パソコン初心者だったというウワサは本当ですか?
本当です。図書館で本の検索もできないくらいで(笑)。NTTコミュニケーションズ(当時NTT)に入社したら、マーケティング担当として、自社のオンラインショッピングのシステムを「どうしたらもっと使いやすくなるのか、もっと広げられるのか」を考える係。ところが、初めてオンラインショッピング業界のシステムをユーザー視点で見たときに、あまりの使いにくさにびっくりしました。パソコンが使えなかったからこそ、そう感じたんですね。
でも、私が「使いづらい」とか「こうしたら使いやすくなる」といっても、いち新入社員の意見としてしか聞いてもらえない。そこで、オンラインショッピングをしたいと思っている女性を集め、その人たちの意見を会社や業界にぶつければ、客観的なデータとして受け入れてもらえるんじゃないかと。入社一年目に女性の生活者が集まって「オンラインショッピングはどうあるべきか」を話し合い、それを業界に発信するネットワークを作りました。それが「LIFE」です。
当時は、女性のインターネットユーザーが1割もいなかった時代で、いろいろな企業がオンラインショッピングのシステムを作ってはいたものの消費者不在という状態。どの企業も悩んでいたんです。そんな中「私たちはお買い物をする気持ちがあるよ」と名乗り出たので、「一緒にやってみませんか?」とか「あなたたちの声を活かしてこんな取り組みをしたい」とか、たくさんの企業からお問い合わせをいただいて。それを一緒に考えていくうちに、いつの間にかネットに詳しい人になっていました(笑)。
「LIFE」は、プライベートで立ち上げたのですが、社内の方はポジティブに受け止め、全面協力をしてくれました。ボランティア的にいろんな人の声を聞いてくれ、戻してくれる人がいるぞって(笑)。
その後、リクルートに転職し、30才で独立されたのですね?
NTTコミュニケーションズを辞めるなんて、自分でも思っていませんでした。ところが、プライベートのサイトを作っていたメンバーのほとんどがリクルートの人間で、「社内で新しいプロジェクトが立ち上がるから一緒にやろうよ」と声をかけられて転職。1年間はリクルート社内で新規事業の企画を担当しました。しかし、時期尚早だろうということで、プロジェクトが中止になり、「All About」に出向することになったんです。当時の「All About」は、立ち上がったばかりでまだユーザーも少ない時代。社長直轄の3人くらいのチームの中で「一人でも多くの人にアクセスしてもらうためにはどうしたらいいか」を考えるマーケティングプランナーとして勤務しました。
そして、30才で独立。出向期間が終わっても「All About」の仕事を続けたかったのと、もう一方で「おとりよせネット」のアイディアが浮かんでいたのが理由です。そのふたつの気持ちを考えたときに、リクルートを辞めて、「All About」と個別に契約を結び、自分の会社で新しいサイトを立ち上げれば、やりたいことが全部できるかなと。
最初の1年は「All About」が半分、「おとりよせネット」が半分。「おとりよせネット」は、初めて自分で立ち上げたポータルサイトだったので、ビジネス化できるかが不安でしたね。そこで1年分の広告費を先にいただけないかとショップに直接交渉し、1年間はつぶれないという状態でオープンしたんです。ずっと自分が買い物をしていたオンラインショップに「いつも買い物をしている粟飯原ですけど、今度こういうサイトをオープンすることになったので広告を出していただけませんか」とアタックすることから始めました。この話を後日「All About」の営業に話したら「業界を知らないからこそ、できたんですね」って笑われましたよ。「ピュアな怖いもの知らず」というのは大切ですね(笑)。
タイプの異なる3社の上司からかなり影響を受けられたとか?
NTTコミュニケーションズの上司は「できる限りサポートするから、好きなようにやりなさい」という放任主義。でも、いつも情熱的に応援してくれて、ハートの温かさが伝わってきました。転職するときには「どんなにこの会社が好きか、それなのになぜ辞めるのか」といった内容の13枚にも亘る手紙を書いたら『よあけ』という絵本をプレゼントしてくださって。今でも、迷ったときにみると、「ありがとうございます」という気持ちになります。
リクルートの上司は正反対。こんなに自分を否定されることが一生のうちに何回あるかなと思うくらい、ペシャンコに踏みつぶされました(笑)。でも、すごく高い視点で育てようとしてくれているというのがわかって。「お前が納得しない限り、いい企画書なんて書けないんだから、納得するまで話し合おうぜ!」と毎日明け方まで・・・。「人間として社会にどんな価値を発信していきたいのかをよく考えろ」とよく言われました。ビジネス以上の、心の部分を教えていただいたと思っています。
「All About」の江幡社長は、常に穏やかで笑顔。「この仕事は必ずうまくいくから、みんな好きにやっていいよ」と。ネットバブルが弾けたあとに立ち上がった会社で、駆け出しのベンチャーだったので、本当にいろんなことがあったのですが、肝がすわっているというか、決してブレないんです。言葉ではいわないけれど、態度で教えてくれました。「自分が良いと感じたサービスを信じ、目の前のことを処理していけば、ちゃんと前に進んで行くんだよ」って。
初めの会社で発想力や個性を伸ばしてもらい、次に基礎を固めてもらい、最後に自信をつけてもらいました。この3つの出会いには心から感謝しています。
粟飯原さんは、常に人や環境を受け入れ、楽しみながら仕事をしていらっしゃるように感じますが
それは、マーケティングに通じているかも。マーケティングって、まずは時代を受け入れることだと感じたことがあるんです。それを考えると仕事もそうだなと気づいた瞬間がありました。何事も拒絶からでなく、いったん受け入れてからアクションしなければダメなんだなって。
あとは父の影響が大きいですね。もともとアイランドは父がひとりでやっていたデザイン事務所だったのですが、儲けのことは考えないで、好きなことばかりをやっているタイプ。すぐに特許申請をしたり、ボランティアで絵を描く仕事をしたり(笑)。小さい頃から「楽しそうに仕事をする人って、こんな人生なんだな。お金より楽しみを追っても生きていけるんだな」というのを近くで見て育ちました。
日本の場合は、マーケットの主役が女性だというのもラッキーだと感じています。対消費者の仕事の場合、とても女性の意見が取り入れられやすい環境です。ネットの業界は若いので、男女差も感じませんし、ユーザーさんとの距離がすごく近いので、いかに等身大の感覚をもっているかというのが仕事に生きてくるんです。
そのスタイルが、いまの成功につながっているのでしょうか?
そうかもしれません。それと、今働いている職場の人から「辞めてもまた一緒に仕事がしたい」と思ってもらえる働き方ができるかどうかも大切だと思います。会社のメンバーも今まで一緒に働いてきたメンバーだし、これまで勤めてきた会社もお取引先としてお付き合いいただいています。現時点の仕事を全力でやることが大切。「やりすぎじゃないの?」と言われるくらいのところまでやるっていうのが必要だと思うんです。「100を投げると、いつも140を返してくれるよね」って思ってもらえるような関係を築いていたいなと。一つひとつの「出会い」を大切にしておきたいですね。
最後に、今後の夢を教えてください。
これからも「あったらいいなと思うサービス」を作っていけたら嬉しいですね。20代のときに思いつくサービスと、40代、50代で思いつくサービスは違うと思うんです。そして、いつも周りに仲間がいて、一緒にやろうよという関係でいられたら、いいですよね。それまでお互い切磋琢磨しておこうよって。いまはネットですが、ネットに限らず「あったらいいな」ということには発信していきたいですね。私は、会社を大きくしようとは思っていなくて、いい仲間といいサービスを作っていけるようにお互いがんばっていけたらいいなと思っているんです。あっ、これは父の影響ですね(笑)。
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