【働きビト】Vol.04 いとうせいこうに学ぶ!笑いが生み出す“ポジティブ処世術”

 東京・上野、浅草を拠点にした映画祭『第6回したまちコメディ映画祭in台東』が、今年も9月13日から16日まで開催される。総合プロデューサーは発起人であるいとうせいこう。今回の転職サイト「ORICON STYLE “Career”」では、作家、文化人、タレントにミュージシャンなど幅広い肩書きを持ついとうに、仕事の楽しみ方をインタビュー。各ジャンルで人の記憶に刻まれる作品を残してきた、いとうの仕事へのこだわりと処世術、そして原点であり原動力でもある“笑い”について伺った。

「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」 特別招待作品 『地獄でなぜ悪い』(C)2012「地獄でなぜ悪い」製作委員会

「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」 特別招待作品 『地獄でなぜ悪い』(C)2012「地獄でなぜ悪い」製作委員会

 いとうせいこうという人物は、とにかく多才だ。作家として今年16年ぶりに上梓した『想像ラジオ』(河出書房新社)は芥川賞にもノミネートされた秀作であり、その一方ではテレビにラジオ、舞台などでも活躍。その裏側では企画を練る人にもなり、さらに年1回の映画祭まで開催と1人何役もこなす。

―― いよいよ今年も『したコメ』開催ですが、まずこの映画祭を始めたきっかけをお願いします。

いとう台東区ではもともと作品ごとにフィルムコミッション的なことをしていたんですけど、それなら映画祭を開催して一挙に作品や関係者を集めようという話になって。その時に井上ひさしさん(故人)が「浅草で映画祭をやるなら、コメディに限定した方が面白いんじゃない?」って。その意思を引き継ぐ形で続けています。

――多忙を極めるなかでも“したコメ”を続けてこられて、しかも月一の「映画祭会議」にも参加されていると伺い、本当に驚きました。

いとう映画は水ものだからさ。上映予定だった作品が『企画がつぶれました』なんてよくある話で、常に流れを知っておかないと、大事な交渉も判断もできないからね。あと、スタッフも僕の好みをよーく知っていて、おかしな作品を上手に見つけてきてくれて、新しい情報で僕を楽しませてくれる。始めた以上は成功させないと!っていう意地もあるけどね。

―― 多様な仕事に向かう動力源はどこにあるのでしょうか?

いとう僕は人前に出ていると書きたくなるし、書いていると人前に出たくなる。1つのことをやり続けていると、クサっちゃうタイプだし、色々なことを常に目を向けている反動が新たな動力となるんだよね。

「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」特別招待作品 『FILTH』(原題)(c)2013 Lithium Picture Limited

「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」特別招待作品 『FILTH』(原題)(c)2013 Lithium Picture Limited

―― でも、せいこうさんのスゴイところは、各ジャンルで人の記憶に残る作品を残しているところですよね。それは、決して容易なことではないと思うのですが。

いとうそこは・・・一言でいえば僕は運がいい(笑)。ただ、関わるジャンルは色々だけど「これ以上でも以下でも、野暮ったくなるし意味がない」という、僕の好きなゾーン(美意識)は、嫌になるぐらい決まっている。

 例えば、今の僕に対するテレビ屋からのイメージは“いとうが参加する番組なら、きっと『変なもの』にはならないはずだ”と、ある程度の信頼があるよね。それを得られたのは、昔も今もずっと好きなゾーンを貫いてきたからで、そのこだわりが“好循環”を生み出し、また次の仕事に繋がってきたんだよね。

 自分のなかで良し悪しの判断を明確にしたうえで仕事を継続していくことはとても大事なこと。ただ、そこから好循環が回り始めるまでの“準備期間”は、ちょっと歯の食いしばりどころになるかな。

―― そうですよね! 下積み時代があるのは誰しもですが、そこを踏ん張れるかどうかは、将来の自分に返ってきますよね。

いとう下手をすれば容易に輪の外に出ちゃうこともあるしね。僕だって外れてしまいそうな時はもちろんあったけど、たまたま周囲の人に“それ、違うでしょ”って叱ってもらえたり、視聴率が低くて失敗が目立ってないっていうのもあってさ。運がいいんだな〜(笑)。
 いとうは大学時代からピン芸人として活躍し、大学卒業後は出版社に入社して雑誌編集者としてそのキャリアをスタート。若い男性のバイブルともなった雑誌『ホットドッグ・プレス』(講談社)でヒット企画を生み出してから、その後芸能界へと道を絞った。一見、順風満帆にみえる職務経歴書だが、もとはテレビ局への入社を希望するも、ことごとく不合格通知を受け取っていたというから驚きだ。

―― せいこうさんの職歴に「会社員時代がある」ことがとても不思議です。

いとうでも、一般企業じゃなくて出版社の編集部だからね。当時の僕はピン芸人として活動していて、しかも結構ウケていた。なのに、テレビ局は全部落ちてしまった。「こんなに他人は自分を認めてくれないのか・・・」と落ち込んでさ。あの時に「なんで、俺を認めないのか?」という“超”挫折を知りました。いま思い返せば天狗だったんだろうね。

 その時に大学の掲示板で見かけたのが出版社の採用募集で、応募のお題は「今、自分がハッとすることを書け」だった。僕はその“ハッとすること”が書きたくて応募したんだよね。テレビ局の面接では、入社したい一心だからソコソコのことしか言えなかったけど、出版社に関しては受かりたいなんて気持ちはゼロだから、面接の場でも少しぐらい枠を外れたって面白いことが言えちゃう。そりゃ、テレビは落ちるし、出版社は受かるよね。

 実際の編集の仕事は「編集会議で何を発言できるか?」っていう企画力がすべてだった。そこで新入社員の僕は『読者ページが面白くないんで、僕にやらせてください』って立候補したの。そこからナンシー関(故人)さん達がブレイクしていって、ページもどんどん面白くなってさ。新人がディレクションできるコーナーを持てるなんて、雑誌だからこそ。僕には合っていたんだろうね。

 これがテレビの新人ADだったら、どんなに短いワンコーナーでも担当できるまで数年かかる。その間に、僕は人のやり方を押し付けられて、嫌になって辞めていたと思うんだよね。そう考えるとあの時出版社に履歴書を送ったっていう運の良さかもしれないし、ポジティブな出来事だって僕は捉えている。
―― 人生初の大きな挫折さえも「いい転機になったと」と言い切ってしまうポジティブさはステキです!普段から、物事を否定したりされないのでしょうか?

いとう否定しても、何も始まらないんだよね。だから、僕の場合は『嫌いなものとは一切かかわらない』。その物事、人物の名前さえ言いたくない。みんなは「いとうは人の悪口を言わないね」って思っているかもしれないけど、僕には“死ぬまでこの人の名前を口にしない”って決めちゃっている人もいるぐらいだから。声に出すのも嫌だし、言ったそばから自分に伝染するみたいな気がしちゃう。

 ただ、批評はいいんですよ。鋭い批評は本質を現わすから。だから、愚痴(グチ)を言うなら悪口(グチ)を言います。思い切り痛快なヤツを、相手がどんな上の人でも、他人の見ている前でズバッとね。周りはケンカかな?ってヒヤヒヤしつつも、本質を射抜きすぎて、思わず吹き出しちゃう。そういう悪口を言うのはむしろ好きだね。アハハッ。

―― せいこうさんの仕事の姿勢や、その前向きな思考の原点は「笑い」ですか?

いとううん、それは確実にありますね。本当に笑えることはもちろんだけど、逆に「まぁしょーがないかぁ」という笑いも自分を救ってくれるし…自分にとって“笑い”はすごく大きいですね。これで単なる真面目だったら、きっとやってられないもん(笑)。

 愚痴なんか言うより、偶然見つけた素敵なアルバムやバンドの話をする方が絶対いい。そうすることで、僕から出てくる言葉は自然とポジティブな言葉や話が多くなる。それを聞いて、周囲は「いとうってポジティブな人だ」と受け止めてくれる。これは僕にとっても、周りの人にとっても、すごく良いことだよね。
 「ポジティブでいたい」、「もっといい仕事がしたい」。向上心を持ちつつも、上司から意に添わない仕事を振られたり、なかなか前に進めないと、頭打ちをすることは誰しもだ。こだわりを貫きながらも好循環を生み出してきた、いとうの処世術とは?

―― どんなお仕事でも、上司や取引先とぶつかることはあると思うのですが、こだわりを通してきたせいこうさんには、秘策のようなものがあるのでしょうか?

いとううん、すごく分かる。誰にも意に沿わない企画を任せられることはあるよね。でも、そのまま従って仕事していちゃ、まずダメ。だからって、ただただ反発していても、自分の置かれたコミュニティと齟齬(そご)が生まれるだけだから前に進めない。そんな時、僕はアイデアで切り抜けてきたんだよね。

 僕も現場で仕事を頼まれたら断れないタイプで、「ちょっとなぁ…」っていう仕事を受けることもあるけど(笑)。そこを切り抜ける術はアイデアです。相手の意見を聞いて、そのうち7割飲み込んで、残り3割は僕の考えを積んでいく感じかな。

―― 相手を受け入れる事と同時に、必ずオリジナリティも出して行くといことですか?

いとうすごく悪い例だけど・・・昔、クイズ番組のパイロット版の司会を任されたときに、途中から僕の判断でルールを変えたことがあるんだよね。結果、すごく面白い内容になった! けど、そのプロデューサーからは二度と呼ばれなくなったなぁ。アハハッ、ひっどいよね。

 これ面白いのかな?って疑問を抱えている場合に、渡された台本通りにやるのか、もしくは視聴者が観て「いとうの番組面白かったよね。芸人さんたちもすごく笑えた」と言ってもらえる作品を残すのか。リスクがあっても、僕は常に後者を取って来たからこそ、今の好循環も生まれたと思う。

「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」前夜祭インド映画100周年記念 凱旋上映 『きっと、うまくいく』(C)Vinod Chopra Films Pvt Ltd 2009. All rights reserved

「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」前夜祭インド映画100周年記念 凱旋上映 『きっと、うまくいく』(C)Vinod Chopra Films Pvt Ltd 2009. All rights reserved

―― “したコメ”も、2008年から徐々に注目度が高まり、昨年の来場者集は11万人を超えたと伺いました。まさに、こだわりの積み重ねが生んだ好循環ですね。

いとう始めた当初は「したコメって、ナニ?」っていう人がほとんどだったけど、回を重ねて規模も大きくなって、周囲から信頼を得てきたと思う。何よりこの映画祭は、『きっと、うまくいく』をはじめ、『キック・アス』や『ハングオーバー!』(※)とか、ちゃんとヒット作を出して、結果を残してきたことが大きいよね。

 どれも配給会社が公開に足踏みしている作品だったけど、スタッフの間にも“自分たちの映画”という意識が芽生えて、僕らが面白さを宣伝して盛り上げていくうちに、“観たい”って待ち望まれる作品になっていった。その場を作れたことはすごくうれしい。

「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」特別招待作品 『マッキー』(c)Ms. VARAHI CHALANA CHITRAM

「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」特別招待作品 『マッキー』(c)Ms. VARAHI CHALANA CHITRAM

―― 今年で6回目を迎える“したコメ”ですが、今後はどのような展開をお考えですか?

いとう「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」
『マッキー』
特別招待作品 『マッキー』
うーん・・・飽きちゃうよね〜(笑)。とりあえず10回目までは僕が指揮を執るけど、その後は僕が居なくても心配ないっていう状態にしたい。もちろんバックアップは続けますけど、例えば芸人を後継者にして2人でトップが立つとかさ。

 まずは目指す完成形に近づけるように、今後は猛ダッシュで走り続けるつもりです。上映作は毎年変わるし、何が出てくるか分からない。どんな形になるかはアドリブの要素が大きいけどね。今年は特に良い物ができたと思っているので、来年は「今年に負けないように作っていかないと!」と、スタッフにプレッシャーを掛けています(笑)。
【プロフィール】
いとうせいこう(SEIKOU ITOU)
学生時代からピン芸人として活躍し、その後出版社での雑誌編集を経て芸能界へ。映画祭『第6回したまちコメディ映画祭in台東』で総合プロデューサーを務める一方、作家、タレント、ミュージシャンなど幅広く活躍。
  • 劇団・ヨーロッパ企画

    劇団・ヨーロッパ企画

「第6回したまちコメディ映画祭 in 台東」
 東京・上野、浅草で恒例となった同映画祭は、今年も喜劇映画の上映を中心に様々な観客参加型イベントを開催。鬼才・園子温監督の初コメディ『地獄でなぜ悪い』をはじめ、スタッフ選りすぐりのコメディ映画が集結する。
 今回はタレント・LiLiCoによる「スウェーデン・コメディ入門講座」や、人気劇団・ヨーロッパ企画も参戦し、「京都発ショートコメディ映画まつり」など、プログラムも充実。

劇団・ヨーロッパ企画
■日程:9月13日(金)〜16日(月・祝)
■場所:東京・上野、浅草
http://www.shitacome.jp/2013/index.shtml(外部リンク)
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