【働きビト】Vol.12 豊川悦司が語る、過酷すぎる山岳ロケの裏舞台

 ドラマ『NIGHT HEAD』や『愛している言ってくれ』でブレイクし、今や日本映画界になくてはならない存在となった名優・豊川悦司が、木村大作監督の最新作『春を背負って』の撮影のため、1ヶ月半に及ぶ過酷な山岳ロケに参加した。地上3000メートルの現場に流れるのは、今の時代と逆行するような“うむを言わせぬ全体力”。壮大な立山連峰に響きわたる、木村監督の「バカヤロウ」の怒号に、ベテラン俳優が感じたものとは?

なんの疑問も持たず、ひたすらついて行ける“全体力”

―― 地上3000メートルに立つ山小屋での撮影。かなり過酷だったと伺いましたが、どのくらいの期間、山に滞在されましたか?
豊川撮影では1ヶ月半ぐらい山小屋にいたと思います。山に登って、数日泊まりで撮影をして──というのがトータル5回くらい。最初に山に登ったときは、夜中の3時ぐらいに出発したんですけど、どしゃ降りの大雨でした。自然相手なので、こちらの予定通りにいかないのは当たり前。1週間、山に滞在して1〜2日撮影ができれば御の字の世界でしたね(笑)。

―― 過酷なロケのなか、一番元気だったのは74歳の木村監督だと伺いました!
豊川元気でしたね〜。圧倒されました。限られた時間なので、現場が慌ただしいこともあったけれど、本物の映像が撮れたと思います。木村大作という監督のために、『春を背負って』というこの映画のために、「一生懸命になろう!」という気持ちが湧き上がっていました。スタッフ、キャスト一丸となって撮影に挑んだ充実感があります。

―― 木村監督の“人間力”が、皆さんの背中を押す現場だったんですね。
豊川360度、山に囲まれた世界で、監督が「あそこで撮る」と言えば、みんな言われた通りにそこに行くんです。その指示に対して、スタッフのなかで「これだけの機材を抱えて、なんでわざわざあんな遠いところに?」とか、「ここじゃダメですか?」とか、そういう“疑問”が一切生まれないんですよね。監督から指示があったら、全速力でそこに向かって、準備して、カメラを回す。そこに反発も疑問もない。

 人の数だけ考え方はあって、何を言われてどう感じるかはもちろん人それぞれ。今は、どちらかというと、そっち(個)が大事にされがちだけど…。この現場には、いい意味での“全体力”がありましたし、「なかなか捨てたもんじゃないな」って思えましたね。

人生は徒労の連続…だからこそ、捨てたもんじゃない

―― お話を伺っていると、監督はとてもまじめで、かなり厳しいお人柄のように思います。
豊川監督は、僕が演じた“悟郎さん”に近い人柄なんです。ちょっといい加減なところがあったり、ちょっとチャラけていたり(笑)。でも、厳しい一面ももちろんあって、やるときはやる人ですね。地上3000メートルの山間の風景のなかで、監督の怒鳴り声だけが響き渡るんです。「ばかやろう!」と言うと、「ばかやろぉ、ばかやろぉぉぉ……」というこだまが聞こえる。不思議な現場でしたね(笑)。

 僕もいい歳になったから、誰かの意見に言われるがままついていくことが、どんどん減ってきましたけど、この現場では自分を押し殺してついていくという快感もありました。監督の「ばかやろう!」が聞こえてくるのも、僕にとっては「なんておもしろい現場だろう」って感じていたんです。なんて愛情深くて、なんて心地いい言葉なんだろうって(笑)。

―― 最後に“木村組”で作り上げた同作の魅力をお願いします。
豊川何かを失ったら、何かを得るという、とてもシンプルなメッセージを持った映画です。そのメッセージは、「人生は徒労の連続。自分の足で歩いた距離だけが宝になる」といったセリフなど色々なシーンで、随所に散りばめられていますね。

 素敵なこともある反面、徒労という言葉に置き換えられる“分からないこと”や苦労もたくさんあって…。でも、人生は決して捨てたもんじゃないし、その苦労はみんな変わらないんだよって、伝えてくれていると思います。
【プロフィール】
豊川悦司
1962年3月18日生まれ/大阪府出身。ドラマ『NIGHT HEAD』(92・93年)、『愛していると言ってくれ』(95年)でブレイク。映画『愛の流刑地』、『犯人に告ぐ』(2007年)、『20世紀少年』シリーズ(2008〜2009年)『今度は愛妻家』(2010年)など、ミステリーから恋愛、人間ドラマまで出演作多数。
  • (C) 2014「春を背負って」製作委員会

    (C) 2014「春を背負って」製作委員会

映画『春を背負って』
監督・撮影:木村大作
出演:松山ケンイチ 蒼井優 檀ふみ 小林薫 豊川悦司ほか
原作:笹本稜平「春を背負って」(文藝春秋刊)
脚本:木村大作・瀧本智行・宮村敏正
主題歌:山崎まさよし「心の手紙」
公式サイト:http://www.haruseotte.jp/(外部リンク)

【Story】
日本の映画界を代表する名カメラマン・木村大作がメガホンを執った人間ドラマ。東京で暮らしていた主人公・長嶺亨(松山ケンイチ)が、山岳事故で突然他界した父(小林薫)の遺した山小屋を、自分が継ぐと決意。小屋に集う様々な心の傷を抱えた人々との交流、家族の絆を、立山連峰の壮大な自然を舞台に描き出す。
オリコン日本顧客満足度ランキングの調査方法について