三波伸一が「二代 三波伸介」を襲名 会見で「びっくりしたなぁ、もう!」

襲名披露会見を行った“二代目”三波伸介 (C)ORICON DD inc.  [拡大する]

襲名披露会見を行った“二代目”三波伸介 (C)ORICON DD inc. 

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 昭和の名コメディアンとして一時代を築いた故・三波伸介さんの長男で喜劇役者の三波伸一 が“二代 三波伸介”を襲名することになり8日、都内で会見を行った。偉大な実父の後を名実共に継ぐことになった三波は「父のDNAをフル活用して、東京の喜劇をまた作っていきたい」とあいさつ。最後には往年の伸介さんの名ギャグ「びっくりしたなぁ、もう!」で、会見場を笑いで包み込んだ。

 初代・三波伸介さんは、俳優・伊東四朗、戸塚睦夫の3人で1961年にてんぷくトリオを結成。前述のギャグで一世を風靡しただけなく、その後も日本テレビ系『笑点』の3代目司会者などを務めながら、喜劇人として活躍するなど名を馳せていたが、52歳の若さで惜しまれながら他界している。

 当時、空港で訃報を聞いたという関東お笑い界の重鎮・青空球児は、この日の会見に同席し「三波先輩からは、お互いストリップ劇場(出身)の芸人ということもあり『匂いが同じだ! 頑張れ!』とよく激励してもらった。温かく指導して頂いて、今の私があるんです」と感慨深く話し、2代目を「頑張って欲しいね!」と激励した。同じく初代の友人代表として出席した小野ヤスシも「この偉大な名前は、何かの形でどこかで復活させて、皆様に覚えて頂いて欲しかった」と今回の襲名を喜んだ。

 高校時代に父を亡くし、その後役者として一座を率いて活動してきた三波は、今回の経緯を「以前、球児さんと芝居の稽古をしていた際、よく『伸介! あっ、間違えちゃうよ〜もう、継いじゃえよ!』と言われた。その後、合気道の師匠にも『親の名前は継ぐものだ』と言われて」襲名を決意したと説明。

 もっとも、流行語にまでなった名ギャグは「私が1歳半の頃、おもちゃに向かって言っていたようなので両親は『元祖はお前だ』と話してくれた。でも…外づらがいいというのか…弟子と子供には厳しかったんですよね」と当時を振り返った。  2代目を継ぐことのプレッシャーもあるが「親父はよく『男は慌てるな』と言っていた。(亡くなってからの)27年間もそれを貫き通した。他の方は違うと思いますが、私の場合は親と同じ土俵ではない。五輪選手と中学生が100メートル競走をやる感じ。泰然自若(たいぜんじじゃく)で来ましたので…」と自分なりの三波伸介を作り上げると誓っていた。

 さらにこの日は、初代が生前に独学で学んで描いていた画集や家族との秘蔵ショットが掲載された『夢の途中』も発売された。

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